北朝鮮「57発」発言――米朝取引で日本は置き去りにされるのか

「57発を持っている」――トランプ氏の北朝鮮発言は、非核化政策の転換を示すのか

トランプ米大統領は8月19日、北朝鮮の金正恩総書記と年内に会談する意向を示し、北朝鮮が「57発の非常に強力な核兵器」を保有していると語った。

「私は金正恩をよく知っている。われわれが賢い大統領を持つ限り、彼は大丈夫だ」
「彼は非常に強力な核兵器を57発持っている。そんなことは決して許されるべきではなかった。私が大統領だったら許さなかった。だが、彼はそれを持っている」

“I know Kim Jong Un very well, and he’s going to be fine as long as we have a smart president.”
“He has 57 very powerful nuclear weapons. They should have never allowed it. If I were president, I wouldn’t have allowed it. But he’s got them.”

これは、軽い発言ではない。

北朝鮮の核を廃棄させるべき違法な兵器としてではなく、すでに存在する戦力として数え上げ、その保有者である金正恩氏との個人的関係によって「大丈夫」にできる、と大統領が語ったからである。

しかも数日前、トランプ氏は米韓合同軍事演習の大幅縮小を指示した。演習は北朝鮮に「敵対的なメッセージ」を送るものだとし、北朝鮮は自分の政権下で「脅威を与えず、敬意を払っている」とまで述べた。

米国の同盟国である韓国との安全保障訓練を、核兵器を持つ北朝鮮への配慮として縮小する。そして「彼は57発持っているが、私なら大丈夫だ」と語る。この一連の動きは、単なるトランプ流の大げさな発言として片づけるべきではない。

米国は「非核化」を掲げながら、別のことを始めている

米政府の公式方針は、いまも「北朝鮮の完全な非核化」だ。米日韓は今年7月の外相会合でもこの方針を再確認している。

しかし現実には、北朝鮮は核兵器を放棄する意思を見せていない。米議会調査局(CRS)が紹介した米情報機関の評価でも、金正恩氏は核兵器を体制安全保障の保証とみなし、放棄する意図がないとされる。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、北朝鮮が約60発の核弾頭を組み立てた可能性があると推計している。トランプ氏が言った「57発の核兵器」の算定根拠は不明だが、公開推計から大きく外れてはいない。

問題は、57なのか60なのかではない。米大統領が、北朝鮮の核をなくす方法を語らず、核を持つ金正恩氏と「うまく付き合える」と語っていることだ。

これは、公式には非核化を掲げながら、実務では核保有を前提とする軍備管理、あるいは共存へと傾く動きではないのか。

演習縮小は「外交」なのか、「無償の譲歩」なのか

対話のために軍事的緊張を下げること自体は否定しない。だが、今回の米韓演習縮小には、北朝鮮からの明確な見返りが確認されていない。

米韓は「ウルチ・フリーダム・シールド」を予定の11日間から5日間に短縮し、一部の野外訓練も縮小する。だが、核実験停止、核物質生産の凍結、ICBM発射実験の停止、査察受け入れといった合意は確認されていない。

金与正氏は、規模や期間が縮小されても演習の「挑発的、攻撃的な性格」は変わらないと述べ、縮小に関心はないとした。

さらに趙顕韓国外相は、トランプ氏の投稿内容を韓国政府も米側当局者も事前に把握していなかったと説明した。一方で、演習縮小の具体的調整では韓国国防相が米側と協議していたとも述べている。

北朝鮮への友好のシグナルを送るために、韓国への信頼のシグナルを弱める。これは抑止ではなく、同盟の予見可能性を損なう行為である。

2018年とは違う。北朝鮮は、もはや孤立していない

トランプ氏と金正恩氏は2018年、シンガポールで初の首脳会談を行い、「朝鮮半島の完全な非核化」を目指す共同声明を出した。翌年のハノイ会談は、制裁解除と非核化措置の交換条件で決裂した。

それから7年。北朝鮮は核戦力とミサイル能力を増強し、何よりロシアという後ろ盾を得た。

2024年に結ばれた露朝の包括的戦略的パートナーシップ条約は、有事の軍事支援を定める。北朝鮮はロシアに砲弾、ミサイル、兵員を提供してきたとされ、見返りに軍事技術や戦場での経験を得ているとの懸念が米韓・専門家の間で強い。

北朝鮮にとって、米国との交渉を急ぐ理由は2018年より小さくなった可能性がある。制裁緩和を待たなくてもロシアとの取引があり、孤立を恐れなくても中国とロシアがいる。核兵器を捨てるより、核を持つことが体制の地位を高めると考えている。

非核化か、軍備管理か

北朝鮮を核保有国として正式に承認することと、北朝鮮が核を保有する現実を前提に軍備管理を交渉することは同じではない。

核実験停止、核分裂性物質の生産凍結、ICBM発射実験の停止、査察、偶発的衝突を防ぐ連絡体制――完全非核化が遠いなら、核戦争の危険を下げるための限定的な合意を目指す議論には合理性がある。

だが、それをするなら正直に言うべきだ。「完全非核化」の看板を掲げたまま、実際には北朝鮮の核保有を前提に取引を進めるなら、それは実質的な政策転換である。

しかも、その転換は日本と韓国の安全を最優先にしたものではなく、米本土への脅威をどう減らすかという米国中心の取引になりかねない。

日本政府は、会談を歓迎するだけでは足りない

米朝対話そのものは必要だ。核を持つ国との対話を拒み続ければ、危機管理すらできない。だが、対話のために何を差し出し、何を得るのかは別問題である。

日本政府が米国に問うべきことは明確だ。北朝鮮との会談で、完全非核化を求めるのか。核凍結を求めるのか。日本を射程に入れるミサイルは議題に入るのか。査察はあるのか。韓国と日本は交渉の設計に関与できるのか。

「57発」という数字に驚いて終わってはいけない。

本当に見るべきなのは、米国が北朝鮮の核をなくすと言いながら、すでに「核を持つ金正恩氏とどう付き合うか」という段階へ移ろうとしていることだ。

それが現実的な軍備管理への転換なのか。それとも、大統領の個人外交のために同盟の抑止力を削り、北朝鮮に既成事実を与えるだけの危うい譲歩なのか。いま問われているのは、そこだ。


主な参照資料

Mariko Kabashima
Mariko Kabashima
編集長・国際メディア分析者(海外ニュース翻訳情報局)

海外ニュースを多言語で読み比べ、「同じニュースが、言語や読者層によってどう書き換わるのか」 を分析しています。

日本の報道だけでは見えにくい 国際政治・情報戦・背景文脈 を、静かで冷静な筆致で読み解きます。

Calm insight from Tokyo.

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※本記事は、国内外の公開情報・制度分析・国際比較に基づく筆者の見解(Opinion)を含みます。
※This article contains analysis and opinions based on publicly available domestic and international sources.

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