「大統領の弁護士」が司法省トップに トッド・ブランチ氏、50対49の僅差承認が示す司法の危機
トランプ大統領の元個人弁護士、トッド・ブランチ氏が8月8日、米上院で司法長官に承認された。
投票結果は50対49。民主党・無所属の全議員に加え、共和党からもスーザン・コリンズ、リサ・マーカウスキー両上院議員が反対した。
日本でも人事そのものは報じられたが、扱いは意外なほど静かだった。しかし、これは単なる「トランプ政権の閣僚人事」ではない。
問われているのは、米国の司法省が大統領個人から独立した法執行機関であり続けられるのか、それとも大統領の利益と政敵への報復に奉仕する機関へ変質するのか、という問題である。
刑事被告人だったトランプ氏を守った弁護士
ブランチ氏は、単にトランプ氏と政治的に近い人物なのではない。
ニューヨーク州の不倫口止め料事件など、トランプ氏が刑事責任を問われた裁判で、実際に弁護を担当した元個人弁護士である。
その人物が今度は、政権による違法行為を捜査し、必要であれば大統領と対峙する責任を負う司法省のトップに就く。
つまり、これまで「トランプ氏個人を守ること」が仕事だった人物に、これからは「トランプ氏を含む権力者に法を守らせること」が委ねられるのである。
もちろん、弁護士が政府の要職に就くこと自体が問題なのではない。問われるべきは、依頼人だった大統領への忠誠と、司法長官としての法への忠誠を、本当に切り離せるのかという点だ。
すでに始まっている司法省の変質
ブランチ氏は、司法副長官を経て、2026年4月から司法長官代行を務めてきた。今回の承認は、未知の人物を新たに登用する人事ではない。
ブランチ氏の下で進められてきた司法省運営を、上院が正式に追認したという意味合いが強い。
ロイターによると、この間、司法省ではトランプ氏が敵視する人物に対する訴追が進められ、政治的圧力に抵抗するとみられた幹部職員が排除された。多数の職業検事が離職し、公民権部門や倫理部門でも人員削減が進んだ。
司法省が大統領の政策を実施することと、大統領個人の利益を守ることは同じではない。しかし、その境界は急速に曖昧になっている。
共和党内からも疑問視されたエプスタイン文書
ブランチ氏への不信は、民主党側だけの党派的批判ではなかった。
共和党議員の間でも問題視された一つが、性犯罪で起訴されたジェフリー・エプスタインに関する文書の公開をめぐる対応だった。
公開の遅れや内容の不十分さ、被害者への配慮を欠いた情報の扱いについて、トランプ支持層を含む共和党側からも批判が噴出した。
マーカウスキー議員は反対理由として、エプスタイン文書への対応のほか、トランプ氏と家族、関連企業に与えられた広範な免責や、政権に批判的な人物を標的にする司法省の姿勢などを挙げた。
これは単なる「情報公開の失敗」ではない。司法省が被害者や公益よりも、権力者にとって都合のよい情報管理を優先しているのではないかという疑念である。
18億ドルの「反武器化基金」
承認をさらに危うくしたのが、約18億ドル規模の「反武器化基金」だった。
この基金は、司法制度の「武器化」によって政治的迫害を受けたと主張する人々への補償を目的としていた。
しかし、2021年1月6日の連邦議会襲撃事件に関与したトランプ支持者など、政権の政治的な仲間へ資金を流すための「裏金」になるのではないかと批判された。
さらに、トランプ氏と家族、一族企業に対する税務調査を制限する取り決めも問題視された。これらは、トランプ氏が米内国歳入庁を相手取って起こした訴訟をめぐる和解に関連して設けられたものだった。
司法省が国民全体の利益を守るのではなく、大統領本人の訴訟を処理し、本人や家族、支持者に特別な利益を与える構図に見えても仕方がない。
承認のために迫られた譲歩
共和党内からも反発が出たため、ブランチ氏は承認に先立ち、基金を廃止し、税務調査をめぐる免責の範囲を縮小すると書面で約束した。
その結果、態度を決めかねていたビル・カシディ上院議員が賛成に回り、承認に必要な50票目が確保された。
しかし、その約束が今後どこまで守られるのかは不透明だ。トランプ氏が将来、別の名称や仕組みで同様の制度を復活させるよう求めた場合、ブランチ氏は拒めるのだろうか。
マーカウスキー議員は、ブランチ氏が「この政権の最悪の衝動」に歯止めをかけられるとは確信できないとして、最後まで反対した。
司法長官に本来求められるのは、大統領の意向を最も忠実に実行することではない。大統領が法や制度の境界を越えようとしたとき、明確に「できない」と告げることである。
50対49が示したもの
今回の50対49という結果は、単に米国社会が二分されていることを示す数字ではない。
共和党が上院の多数を握るなかで、同党議員からも反対が出た。問題となった基金の廃止や免責範囲の縮小を約束しなければ、承認に必要な票を確保できなかった。その事実こそが重要である。
それでも最終的には、大統領の刑事弁護人だった人物が司法省のトップに就いた。
今後、トランプ氏や家族、政権関係者をめぐる問題が生じたとき、ブランチ司法長官は誰を守るのか。
法なのか。国民なのか。それとも、かつての依頼人であり、自らを司法長官に指名した大統領なのか。
司法の独立は、憲法や法律に書かれているだけで自動的に守られるものではない。権力者と対峙できる人物が制度を運用して、初めて成り立つ。
今回の人事は、その最後の防波堤に、大統領自身の弁護士を据えるものだ。
50対49という数字は承認の結果であると同時に、米国の司法が、すでに危うい境界線の上に立っていることを示している。
制度は人事によって内側から壊される――日本への警告
これは、米国だけの問題ではない。
行政府が人事権を握り、能力や独立性よりも権力者への忠誠を重視するようになれば、司法や行政の中立性は、制度の内側から失われていく。
日本でも、官僚や検察、独立機関の人事に政治権力が強く介入し、「政権に従う人物」が重用される危険性は、決して他人事ではない。
制度は、「これから壊す」と宣言されてから壊されるとは限らない。形式を残したまま、人事によって中身を変えられていくことがある。
トランプ氏の元個人弁護士が司法省トップに就いた今回の人事は、権力者個人への忠誠が法への忠誠を上回ったとき、民主主義の防波堤がどれほど容易に揺らぐのかを、日本にも突きつけている。
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