日本の果物は高い。では、それをつくっている農家は、さぞ豊かなのだろうか。
高い果物を買っているのに、農家が必ずしも豊かではないとしたら、私たちはいったい何にお金を払っているのでしょうか。
私は海外に行くたび、果物について不思議に思うことがあります。
フランス、イタリア、スペイン。韓国や東南アジアでもそうでした。
市場やスーパーで買った果物が、驚くほど安くて美味しいのです。
桃をかじると、果汁があふれる。果物らしい香りが口いっぱいに広がる。甘いだけではなく、酸味もあって、味が濃い。
しかも、特別な高級果物店で買ったわけではありません。
ごく普通の市場やスーパーで、日常の食べ物として売られている果物です。
もちろん、海外の果物が何でも美味しいわけではありませんし、日本にも素晴らしい果物はたくさんあります。
ただ、日本の果物売り場を見るたび、考えてしまうのです。
きれいに並べられた、形のそろった果物。傷もなく、色も美しい。
でも、値札を見ると、ちょっとためらってしまう。
日本では、果物がいつの間にか、気軽に食べるものというより、ちょっとした贅沢品になっていないでしょうか。
そして、もう一つ。
それほど高い果物をつくっている農家は、本当にその価格に見合う所得を得ているのでしょうか。
気になって、日本と海外の統計を調べてみました。
すると、果物の値札からは見えない、意外な現実が浮かび上がってきました。
売上1,468万円。それでも農家の所得は475万円
まず、日本の果樹農家の経営実態から見てみましょう。
農林水産省が公表している2024年の統計です。
果樹作を中心とする主業経営体の平均では、年間の農業粗収益は1,468万円でした。
1,468万円。
これだけを見ると、かなりの売上があるように感じます。
ところが、農業経営費は993万円。
差し引いた農業所得は475万円です。
| 2024年・果樹作主業経営 | 1経営体当たり |
|---|---|
| 農業粗収益 | 1,468万円 |
| 農業経営費 | 993万円 |
| 農業所得 | 475万円 |
(出典:農林水産省『果樹をめぐる情勢』(2026年8月)、2024年果樹作主業経営の統計)
ここで注意したいことがあります。
この475万円は、農家の経営者一人が受け取る給与ではありません。
家族が農作業をしている場合、その無給の家族労働への報酬なども含む、経営全体の所得です。
さらに、同じ統計では、1経営体当たりの自営農業労働時間は年間5,216時間でした。
これは雇用労働も含む数字なので、単純に475万円を5,216時間で割って「農家の時給」を出すことはできません。
また、果樹作主業経営の平均であり、日本のすべての果樹農家が同じ経営状況にあるわけでもありません。
高収益の農家もあれば、厳しい経営を続けている農家もあるでしょう。
それでも、この数字から一つのことがわかります。
果物が高く売れていることと、農家が豊かな暮らしをしていることは、同じではないのです。
では、そもそも日本の果物は、海外と比べてどれほど高いのでしょうか。
りんご1kgを買うために、何分働かなければならないのか
日本と海外の果物の価格を比較するのは、実は簡単ではありません。
品種も違えば、品質の等級も違う。季節や販売店によっても価格は変わります。
そこで今回は、公的統計で確認できる、日本とフランスのりんごを比較してみました。
2024年12月。
東京都区部のりんごの小売価格は、1kg当たり850円。
一方、フランス本土では、1kg当たり2.98ユーロでした。
通貨が違うので、単純に金額だけを並べても、暮らしの中での負担はわかりません。
では、それぞれの国で、最低賃金で働く人がりんご1kgを買うには、どれくらい働く必要があるのでしょうか。
計算すると、次のようになりました。
| 2024年12月 | 東京 | フランス本土 |
|---|---|---|
| りんご1kg | 850円 | 2.98ユーロ |
| 最低賃金で必要な労働時間 | 約43.9分 | 約15.1分 |
(出典:総務省小売物価統計、INSEE、東京労働局、フランス政府の2024年最低賃金。労働時間は価格を税引前最低時給で除した試算)
ずいぶん違いますよね。
もちろん、この比較にも限界があります。
日本は東京の特定品種・重量帯の価格、フランスは本土の品種混合の価格です。調査地域も品質条件も完全には一致していません。
また、最低賃金は平均所得ではなく、家計全体の購買力を表すものでもありません。
したがって、これだけで「日本の果物はフランスの約3倍高い」とは言えません。
ただ、少なくともこの条件では、東京でりんごを買うために必要な労働時間が、フランスよりかなり長かったことは確かです。
海外で感じていた「果物が気軽に買える」という感覚には、こうした購入負担の違いも関係しているのかもしれません。
では、日本の消費者が支払った高い代金は、どこへ行くのでしょうか。
りんごの代金100円のうち、農家に届くのは何円か
ここで、もう一つ興味深い統計があります。
農林水産省の「食品流通段階別価格形成調査」です。
2022年度の調査では、集出荷団体、卸売、仲卸、小売という経路を通ったりんごについて、小売価格に占める生産者受取額の割合は57.2%でした。
つまり、この経路で消費者がりんごに100円を支払ったとすると、生産者受取額に相当するのは約57円という計算になります。
みかんでは51.8%でした。
一方、生産者から小売へ直接販売する経路のりんごでは、74.5%という試算になっています。
ただし、これは調査対象となった流通経路ごとの数字であり、全国のすべてのりんごに当てはまる割合ではありません。
また、生産者が受け取る約57円は、農家の利益そのものではありません。
そこから農家自身の生産費も負担しなければならないのです。
では、残りのお金はどこへ行くのでしょうか。
選果、包装、保管、輸送、卸売、小売。
果物を生産地から消費者の手元まで届けるには、さまざまな費用がかかります。
傷みやすい商品ですから、売れ残りや廃棄のリスクもあります。
したがって、残りの約43円がすべて流通業者の利益になるわけではありません。
流通業者が不当に儲けていると、この数字だけで決めつけることもできません。
しかし、ここで考えたいのです。
私たちは高い果物を買うとき、そのお金が農家の努力に報いるものだと、何となく思っていないでしょうか。
でも実際には、消費者が支払う金額と、農家の手元に残る所得の間には、いくつもの段階があります。
「農家を守るためには、果物が高いのも仕方がない」
そんな説明を耳にすることがあります。
けれど、それならなおさら、その高い価格のうち、どれだけが農家の生活を支えているのかを確かめる必要があるでしょう。
日本の果物は、いつから高級品になったのか
もう一つ、気になることがあります。
日本の果物は、なぜこれほど見た目の美しさを重視するようになったのでしょうか。
形がそろっていること。
色づきが均一であること。
傷がないこと。
そして、糖度が高いこと。
日本の果樹栽培には、長年にわたる品種改良や栽培技術の蓄積があります。
それは素晴らしいことだと思います。
ただ、果物に求められる品質が高くなるほど、選別や栽培管理に手間がかかる場合もあります。
その手間は、最終的に価格にも関係してきます。
日本には、果物を贈答品として扱う文化もあります。
きれいな箱に入ったメロンや桃、ブドウ。
特別な贈り物として、高い値段がつくことも珍しくありません。
ところが、ここで面白い歴史があります。
高級果物店として知られる千疋屋総本店は、1834年の創業当初、「水くわし(水菓子)安うり処」を掲げていたそうです。
今では高級果物の象徴のような店も、最初から高級品だけを売っていたわけではなかったのです。
もちろん、千疋屋一社の歴史だけで、日本の果物全体の高級化を説明することはできません。
贈答文化が一般家庭向けの果物価格をどれほど押し上げたのかについても、今回の調査では確定できませんでした。
それでも、果物の価値がどのように形づくられてきたのかを考える、興味深い手がかりではないでしょうか。
ただし、「海外では見た目を気にしない」という説明も正確ではありません。
EUにも、りんごなどの等級、色、サイズ、欠点に関する販売規格があります。
日本だけが外観にこだわっているわけではないのです。
むしろ、私が気になるのは別のことです。
多少形が不ぞろいでも、少し小さくても、美味しい果物をもっと気軽に買えるようにはできないのでしょうか。
高級品があってもいい。
でも、果物が高級品でなければならない理由はないはずです。
そもそも、美味しい果物とは何なのか
ここで、最初の疑問に戻ります。
海外で食べた果物は、なぜあんなに美味しく感じられたのでしょうか。
日本では、果物の美味しさを説明するとき、糖度がよく話題になります。
もちろん、甘さは大切です。
でも、果物の味は糖度だけで決まるわけではありません。
酸味、香り、果汁、果肉の食感。
そして、収穫した時期や、食べるまでの貯蔵状態。
こうしたものが組み合わさって、私たちは「美味しい」と感じます。
2023年に発表されたりんごの研究では、特定の品種について、特徴的な果実の香りが十分に形成されるには、推奨収穫期からさらに約2週間の樹上成熟が必要だったと報告されています。
もちろん、これは特定品種の研究結果であって、海外の果物が日本の果物より美味しいことを示すものではありません。
海外にも、輸送や保存の都合で早めに収穫される果物はあります。
日本にも、香りや酸味まで考えて育てられた美味しい果物がたくさんあります。
それでも、果物の価値を甘さや外観だけで判断してしまうと、見落としてしまう美味しさがあるのではないでしょうか。
私は、海外の市場で食べた果物の、あの香りや味の濃さが忘れられません。
きれいに磨かれた高級品ではなくても、十分に美味しい。
そんな果物が、普段の食卓にもっと並んでもいいと思うのです。
高い果物を誇る前に、考えたいこと
日本の果物は、世界に誇れる品質だとよく言われます。
それは確かに、農家の技術と努力の成果でしょう。
ただ、私は思うのです。
世界に誇れる果物をつくっているのなら、その農家の暮らしも、世界に誇れるものであってほしい。
もちろん、農家の所得を増やすためには、価格だけでなく、生産費や労働時間、経営規模など、さまざまな問題を考える必要があります。
消費者に安く売れば解決するわけではありません。
農家にもっと安くつくれと要求するだけでは、かえって農業を苦しくする可能性もあります。
でも、消費者が日常的に果物を買うことをためらい、生産者も必ずしも十分な所得を得られないのだとしたら、どこかに改善の余地があるのではないでしょうか。
高級品をつくる技術を磨くことと、普通の家庭が旬の果物を気軽に食べられること。
この二つは、本来、対立するものではないはずです。
海外で果物を食べながら、何となく感じていた疑問。
「どうして、こんなに安くて美味しいんだろう」
そこから調べ始めて、私はむしろ、日本の農業について考えさせられました。
果物の値段が高いことを誇るより、その果物をつくる人も、食べる人も、豊かであることを誇れる社会のほうが、ずっといい。
私はそう思います。
【サブスク補遺】海外の農家は、本当に豊かなのか
では、海外では、果物を安く売りながら、農家の生活をどのように支えているのでしょうか。
フランスやイタリアの果樹農家は、日本より豊かなのか。
EUの農業政策には、農産物の販売価格とは別に農家の所得を支える仕組みがあります。
一方、韓国では農家世帯の所得の大部分が農業以外の収入などによって構成されています。タイの安い果物にも、生産費や労働条件という、値札からは見えない問題があります。
調べてみると、「海外の農家は豊か」「日本だけが農業を支援していない」という単純な話ではありませんでした。
サブスク補遺では、ヨーロッパ、韓国、タイの一次資料と統計を比較し、農家の所得を誰が、どのような仕組みで支えているのかを詳しく検証しています。
▶ 【サブスク補遺】果物が安い国では、農家は豊かなのか
――ヨーロッパの所得支援、韓国の農家経済、タイの果樹生産から考える
主な参考資料・一次資料
日本の果樹経営・価格・流通
フランスの価格・賃金
品質・歴史


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